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最高裁判所第三小法廷 昭和51年(オ)1196号 判決

上告人

山本久子

外三名

右四名訴訟代理人

渡辺弥三次

被上告人

細居彌一郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人渡辺弥三次の上告理由について

所論にかんがみ考えるのに、民訴法二三七条二項は、終局判決を得た後に訴を取下げることにより裁判を徒労に帰せしめたことに対する制裁的趣旨の規定であり、同一紛争をむし返して訴訟制度をもてあそぶような不当な事態の生起を防止する目的に出たものにほかならず、旧訴の取下者に対し、取下後に新たな訴の利益又は必要性が生じているにもかかわらず、一律絶対的に司法的救済の道を閉ざすことをまで意図しているものではないと解すべきである。したがつて、同条項にいう「同一ノ訴」とは、単に当事者及び訴訟物を同じくするだけではなく、訴の利益又は必要性の点についても事情を一にする訴を意味し、たとえ新訴が旧訴とその訴訟物を同じくする場合であつても、再訴の提起を正当ならしめる新たな利益又は必要性が存するときは、同条項の規定はその適用がないものと解するのが、相当である。

本件についてみるのに、原審の適法に確定したところによれば、(一)本件第一審判決第一物件目録(一)の土地(原判決において更正のもの)は、被上告人の所有である、(二)本件第一審被告中野ヒデノ(以下「中野」という。)は、昭和二一年ころ右土地の一部である同目録(三)の(10)の土地(以下「(10)土地」という。)上に平家建の同目録(二)の(10)の建物(以下「(10)建物」という。)を建築所有し、その一部である同(7)の建物(以下「(7)建物」という。)を訴外坪井幸子に、昭和二六年ころからは上告人山本久子に、同(8)の建物(以下「(8)建物」という。)を上告人杉原け以及び島田慶男に、同(9)の建物(以下「(9)建物」という。)を上告人金子多良に、それぞれ賃貸した、(三)昭和二三年二月ころいずれも中野の承諾を得て、坪井が(7)建物の西側に同目録(4)の建物(以下「(4)建物」という。)の一階部分、ついで昭和二六年二階部分を増築して同(1)の建物(以下「(1)建物」という。)とし、上告人杉原、同島田は、同じころ(8)建物の西側に同(5)の建物(以下「(5)建物」という。)の一階部分、ついで二階部分を増築して同(2)の建物(以下「(2)建物」という。)とし、上告人金子は、(9)建物の西側に同(6)の建物(以下「(6)建物」という。)を増築して同(3)の建物(以下「(3)建物」という。)としたうえ、中野は昭和二四年一一月一二日(10)建物につき、上告人杉原は昭和三〇年一二月一四日(5)建物につき、それぞれ自己名義の保存登記をし、上告人山本は(4)建物につき、上告人金子は金子哲子名義で(6)建物につき、それぞれ家屋補充課税台帳に登録した、(四)右賃借人らが増築した(4)建物ないし(6)建物は、一階部分がそれぞれ(7)建物ないし(9)建物に接着し、外部との出入りはいずれもそれぞれ(7)建物ないし(9)建物を通過してするほかなく、(4)建物ないし(6)建物と(7)建物ないし(9)建物はそれぞれ一体として店舗兼居宅として利用されており、構造的にも機能的にも(4)建物ないし(6)建物は建物としての独立性を欠き、(4)建物と(7)建物、(5)建物と(8)建物、(6)建物と(9)建物はそれぞれ不可分の状態にある、(五)被上告人は、昭和二九年中野を被告として(10)建物の収去、土地明渡の訴訟を提起し(大阪地裁昭和二九年(ワ)第二四三四号事件)、勝訴の判決を得たが、その控訴審(大阪高裁昭和三〇年(ネ)第一三二一号事件)において、中野からその所有にかかる旧建物((7)建物ないし(9)建物を含む、(10)建物)は、賃借人らの増改築によつて現状が著しく変更され、実在しなくなつた旨の主張がされたため、被上告人はもはや(10)建物につきその収去を求めて土地の明渡の請求を維持することは不可能であると誤認判断して、本件第一審判決目録(三)の(11)の土地についての賃借権不存在確認請求に訴の変更をし、昭和三九年二月一四日被上告人勝訴の判決が確定した、というのである。右事実関係に照らすと、(10)建物は中野の所有に属し、(7)建物ないし(9)建物は(10)建物の一部であつて、その賃借人である上告人らが増築した(4)建物ないし(6)建物は、民法二四二条本文の規定により、(7)建物ないし(9)建物に従として附合し、それぞれ(1)建物ないし(3)建物となり、中野の所有に帰したものというべく(最高裁昭和四二年(オ)第五八五号同四三年六月一三日第一小法廷判決・民集二二巻六号一一八三頁参照)、かつ、控訴審においてされた訴の交換的変更の場合には旧訴については訴の取下があつたものと認めるべきであるから(大審院昭和一五年(オ)第一四二三号同一六年三月二六日判決・民集二〇巻六号三六一頁参照)、被上告人の中野に対する、(1)建物ないし(3)建物を収去してその敷地の明渡を求める本件第一次請求は、前記別件訴訟において取下げられた請求とその訴訟物を同一にするものといわなければならない。

しかしながら、原審の確定した前記事実関係のもとにおいては、被上告人が建物の附合関係等につき誤認して前記のように訴の変更をしたのには無理からぬところがあつたものというべく、しかも、別件訴訟の確定後に至つて、中野が従前の主張を変えて(7)建物ないし(9)建物は自己の所有であると主張するに至つた以上、被上告人として、中野を相手方として、(1)建物ないし(3)建物を収去してその敷地を明渡すべきことを求めるため本訴を提起し維持する新たな必要があるものというべきである。

してみれば、本件建物収去土地明渡請求が民訴法二三七条二項により許されないものであるとはいえないとした原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(服部高顯 天野武一 江里口清雄 高辻正己 環昌一)

上告代理人渡辺弥三次の上告理由

原判決の引用する第一審判決理由第二項後段において、(以下単に判決理由という、ただし第二審判決理由で補正したるものを含む)次のとおり認定した。

① 思うに、旧建物について増改築等が施された場合、右建物増築部分の従前の建物への附合の成否については、当該増築部分の構造・利用方法を考察し、右部分が従前の建物に接して築造され、構造上建物としての独立性を欠き、従前の建物と一体となつて利用され取引されるべき状態にあるときは、右部分は従前の建物に附合したものというべく、たとえ新築部分について新たな登記がなされていたとしても、このことから直ちに附合の成立を否定することは、許されないものといわなければならない。

と前提して〈証拠〉を総合して左のとおり認定したものである。

すなわち

② 被告中野ヒデノは、昭和二一年頃、本件(10)の土地上に本件(10)の建物を建築所有し、そのうち、当時いずれも平家建であつた本件(7)の建物を訴外坪井幸子に(その後、昭和二六年頃、坪井幸子に変わつて被告山本久子に)、本件(8)の建物を被告杉原け以・同島田慶男の両名に、本件(9)の建物を被告金子多良にそれぞれ賃貸したが、その後昭和二三年二月頃、いずれも被告中野ヒデノの承諾を得て、坪井幸子が、本件(7)の建物の西側に本件(4)の建物の一階部分、ついで(昭和二六年頃)二階部分をそれぞれ増築して本件(1)の建物となし、被告杉原け以・同島田慶男両名が、本件(8)の建物の西側に本件(5)の建物の一階部分、ついで(昭和二六年頃)二階部分をそれぞれ増築して本件(2)の建物となし、被告多良が、本件(9)の建物の西側に本件(6)の建物を増築して本件(3)の建物となしたこと、被告中野ヒデノは昭和二四年一一月一二日本件(10)の建物について、被告杉原け以は昭和三〇年一二月一四日本件(5)の建物について、それぞれ保存登記手続をなしたこと、本件(4)の建物については所有者が被告山本久子として、また本件(6)の建物については所有者が被告金子哲子として、それぞれ家屋補充課税台帳に登録されていること、本件(4)ないし(6)の各建物の一階部分は、それぞれ本件(7)ないし(9)の各建物に接着して建築され、また本件(1)(2)の建物の二階部分は同建物の一階部分の上に増築されたものであつて、本件(4)ないし(6)の建物部分はいずれも居間もしくは店舗・作業場の一部として使用され、同部分から外部への出入はいずれも店舗作業場として使用されている本件(7)ないし(9)の建物部分を通過するよりほかなく、本件(4)ないし(6)の建物と本件(7)ないし(9)の建物が一体として店舗居宅として利用されていて、建物の構造上からいつてもまた機能上からいつても、本件(4)の建物と(7)の建物、本件(5)の建物と(8)の建物、本件(6)の建物と(9)の建物は、その一つ一つが建物としての独立性を欠き不可分の状態にあること、以上の事実が認められたと認定した。

引続き

③ 上告人ら借家増改築については民法第二四二条但書の規定の適用のないことにつき次の如く明快に論断されているものである。

右事実によれば、本件(4)ないし(6)の各建物は、本件(7)ないし(9)の建物に接して築造され、構造上も建物としての独立性を欠き、従前の建物と一体となつて利用され取引きされるべき状態にあつて、それ自体としては取引上の独立性を有せず、建物の区分所有権の対象たる部分にはあたらないといわなければならない。してみれば、本件(4)ないし(6)の建物部分は、民法第二四二条本文の規定により本件(7)ないし(9)の建物の従としてこれに附合したものであつて、その所有権は増築のつど従前の建物の所有者である被告中野ヒデノに帰属したものというべく、たとえ、被告山本久子らが本件(4)ないし(6)の建物を増築するについて賃貸人である被告中野ヒデノの承諾を得ており、また、本件(5)の建物について所有者が被告杉原け以として建物登記簿に登記され、本件(4)および(6)の建物についてはそれぞれ所有者が被告山本久子および被告金子哲子として家屋補充課税台帳に登録されているとしても、民法第二四二条但書の適用はないものと解するのが相当である。そうだとすれば、本件(1)ないし(3)の建物は、被告中野ヒデノの所有に属するものといわなければならない。

④ 原判決第三項記載の認定事実によれば、被告中野ヒデノの旧建物はどの程度に現存するか、右各賃借人増築建物はいかなる状態において存在するか、被告中野ヒデノ所有建物と右各賃借人ら増築建物とは区別されうるか等を明らかにするため原告代理人浅井稔弁護士より検証および鑑定の申出をなし(甲第四三号証)、右申出によつて、昭和三四年三月一八日付でなされた検証では、被告中野ヒデノ所有建物と右各賃借人の所有建物とは密着して建てられてあり、右両建物の境界を明確に判別することができないことが判明し(甲第四八号証)、また同年五月一四日付小久保鑑定でも、右両建物は一心同体のもので不可分の状態にあるという鑑定がなされたことは(甲第四九号証の一、二)原判決の認定したところである。

⑤ そもそも第一審判決添附目録において収去すべき建物の表示が登記簿上の記載に一致しない場合は往々生ずるが、このような場合公簿上の記載の横へ現況をありのまま併記すれば建物収去土地明渡の勝訴判決確定のうえ執行裁判所に対し代替執行の申請するとき債務者を審尋して決定されることは実務家の遍く知悉するところであるから、原告代理人亡浅井稔弁護士がこのような単純な事項を忘れて本件において昭和三五年四月六日付で請求の趣旨訂正申立書(甲第五五号証)を提出し建物収去土地明渡の請求を賃借権不存在の請求に訴の変更をなし、右判決はその後最高裁において確定したものである。

⑥ 上記原告代理人のなしたる請求趣旨の訂正の申立は旧請求について訴の取下に該当することは原判決も認定したところである。

一旦請求の減縮をなしたる以上その後更にこれを主張して原審でなしたる請求をなすことは許さないと解されている。(下級裁民集第一五巻三号七〇二頁、大阪高裁昭和三二年(ネ)第九〇三号、昭和三九年三月三〇日判決)

しかして

「本案につき終局判決があつた後訴を取下げた者は更に同一の訴を提起しえないことは民事訴訟法第二百三十七条第二項の明定するところであつて、この場合終局判決が原告勝訴の判決であると原告敗訴の判決であると又訴の取下の動機いかんにより訴の取下の効果に差異を来たすものではない」

ことは下級裁民事判例集第一三巻五号、一〇二六頁、東京高裁昭和三六年(ラ)第七五九号、昭和三七年五月二二日決定)によつても明らかである。

しかるに本件において、原判決は次のとおり民訴第二三七条の規定の趣旨解釈したが、全く根拠なきものである。

すなわち

再訴禁止の規定との関係につき検討するに、そもそも、再訴禁止の規定は、裁判所がせつかく本案判決をしたのに、その後に原告が訴の取下をして判決の効力を失なわせたことにより、判決に至るまでの裁判所の努力を徒労に帰せしめたことに対する制裁として、同一の紛争のむしかえしを禁止するためのものであり、いたずらに裁判所をもて遊ぶという不当な結果を防止せんがための規定である。このように、再訴禁止の規定は、正当の理由なしに訴を取下げるという取下権の濫用を防止するための規定であり、国家的制裁として訴権を奪うものであるから、これを厳格に解すると事後の原告の司法的救済の道を閉ざすことになるため、右立法趣旨に照らして再訴禁止の及ぶ範囲も合理的に定める必要があり、再訴禁止の要件としての「同一の訴」についても、訴訟物が同一であるだけでは足りず、訴の利益・必要の点についても同一であることを要するというべく、新に「同一の訴」を提起することを正当ならしめるに足る事情の存するときには、再訴禁止の規定は適用さるべきではないと解すべきである。

⑦ しかしながら原判決は実務家として考えられない程度の失態を演じて請求の趣旨の訂正申立をなし訴の取下の効果を生じた原告代理人亡浅井稔弁護士の責任を救済せんとして考え出したる不当の解釈であり全く民訴第二三七条の規定を曲解するものであるから原判決は破毀されるべき違法があるものと信ずる。

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